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JST/JICA:地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)

2019年度研究成果

2019年度の概要

 2019年度は、プローブデータや動画データ等の詳細なデータの収集を進めるとともに、これらを用いた詳細な分析とその結果のモデルへの反映、評価システムの構築、収集したデータや成果の共有基盤プラットフォームの仕様検討や可視化手法の開発等を行いました。また、SSM(Smart Small Mobility)を用いた新サービス導入の社会実験を2020年度中に行う予定であり、2019年度はその実施に向けた詳細計画の構築や実施場所の選定を行いました。

 2018年度に引き続き、4つのグループが研究・開発を進めました。それぞれのグループの2019年度の成果は以下の通りです。

  • Group1「土地利用と交通を統合したリープフロッグ型都市デザイン」
        (リーダー:香川大学 紀伊雅敦教授)
  • Group2「公共交通の接続向上及びStreet for all を実現するスマート交通・街区デザイン」
        (リーダー:大阪大学 土井健司教授)
  • Group3「居住者のQuality of Lifeによる都市政策マルチスケール評価システム」
        (リーダー:中部大学 岩堀祐之教授)
  • Group4「デジタルアースシステムによる統合的可視化、意思決定支援システム」
        (リーダー:中部大学 福井弘道教授)

Group1「土地利用と交通を統合したリープフロッグ型都市デザイン」

 2018年度に引き続き、利用可能データを収集し、各種リモートセンシングデータや交通計画図書等に基づき現況の都市活動量の把握や、将来交通ネットワークを整理しました。特にシミュレーションの入力情報として貴重なバンコク都市圏全域の公共交通のGTFSデータを入手、およびGroup4から詳細な人口統計データの提供を受けました。

 鉄道駅周辺におけるTOD(Transit Oriented Development)に関する情報を収集しました。タイ政府は駅周辺でのTODの促進を試みており、それを受けてMRTAはNHA(National Housing Authority)と協力し、鉄道駅周辺での住宅開発を検討したが、現行の法律ではMRTAが鉄道事業以外の開発を行うことを禁じており、そうした試みは実現していませんでした。一方、開発利益還元策については、新たな法制が整備され、鉄道沿線から5km以内で5千万バーツ以上の価値を有する商業建築に課税されることとなっており、鉄道整備とその周辺開発、需要動向の分析は政策立案において必要性が高いことを確認しました。

 バンコクにおける公共交通の運行データを取得し、マイクロシミュレーションモデルに反映するとともに、将来公共交通ネットワークの形状を分析し、都市サービス施設の潜在的立地可能性を推計しました。また、2018年度に入手したバンコクパーソントリップ調査データに基づき、交通需要を発生させる活動時刻の事前分布を設定し、交通マイクロシミュレーションモデルであるMATSimを用い、道路交通に関する個々のエージェントの出発時刻と移動経路を推計しました。これにより、時間帯別の渋滞状況、移動時間分布を推計するとともに、渋滞を避けるための出発時刻の変更状況の試算を行いました。

Group2「公共交通の接続向上及び Street for all を実現するスマート交通・街区デザイン」

 タイにおけるスマート交通・街区デザインとして有効な開発項目として「小型電動モビリティを用いた地区内交通サービス」「プローブデータを用いた渋滞対策検討手法」「Walkability評価及びデザイン手法」「個人属性と地区特性を考慮したMaaSサービス」の4つを上げ、それぞれを実現するためのタイ側の関係機関や研究機関、技術者と協議を行い、今後進める研究内容の具体化と準備、役割の明確化を行いました。

 小型モビリティサービスの実証のため、社会実験の計画および準備を実施しました。バンコク都心部における商業施設やコンドミニアム、パラトランジットの運行事業者等に対してヒアリング調査を実施し、実態を調査するとともに、社会実験の実施場所の選定を行いました。また、関係政府機関との協議を通じて、サービス提供に必要な法規制や制度についての整理を実施するとともに、プローブデータを入手しました。

 駅アクセスの移動の質を評価するため、QOL指標と整合的な知覚的指標で歩行空間を評価するWalkability評価指標と、街路のデザイン要素を整理し、VRツール(360度動画とHMD)を用いて国際的に多様な街路空間の評価を行いました。また、日本人を対象としたVRツールによる評価結果を用いて、知覚的要素とデザイン要素の関係をSEM(Structural Equation Modeling:共分散構造分析)でモデル化しました。タイ人へも同様の調査を開始しています。さらに、Street Design for Allの提案に向けて、CGの基本モデルの作成を行いました。ここでは、街路デザイン、道路デザイン、小型モビリティを含めた交通状況、をCGでモデル化し、この疑似歩行について試行的な評価実験を行いました。

作成したCGモデル

 プローブデータを用いて、バンコク都心部における渋滞特性の分析とメカニズムの把握を行いました。特性分析では、時間帯や路線、天候などに着目し渋滞の起点となるボトルネックの抽出方法を検討するとともに、これらの対策方法について検討を行いました。合わせてマイクロシミュレーションにより渋滞対策効果を可視化するシステムの開発を開始し、複合的な施策の組合せによる対策効果を明らかにしました。

Group3「居住者の Quality of Life による都市政策マルチスケール評価システム」

 移動時のQOL評価は、移動時の所要時間やコストといった、定量的に評価可能な要素のみならず、移動時の風景や周辺の環境といった、移動に伴い一刻一刻と変化する要素が含まれると考えられます。Group3は、その評価手法としてAIを用いた画像処理技術を適用する試み、本年度は技術的な面からの検討及び評価システムの構築を進めました。 

 バンコクのシーン画像を取得して、QOL推定をするためのアンケート調査を実験的に行いました。ディープラーニングでの学習を行うためにはよりデータを増やすことが必要ですが、まず大規模なデータセットを収集するための準備としての要素技術の研究を行いました。一般物体認識でタイ特有のTukTukを認識するための画像をインターネットから自動的に取得する研究を行い、一般物体認識に活用するための学習データセットの自動取得を試みました。またQOLを画像認識技術で推定する前処理として車や人の道路の混雑度などの要素を出力するための研究を行いました。

 一般物体認識の方法として、もともと独立した物体検出(Boundary Box)とセマンティックセグメンテーション(領域分割)とがあります。2つのタスクを同時に実現する効率のよいネットワークモデルを考案し、その性能評価を行うことで、検出と領域分割の異なるタスクを効率的に実現するためのディープラーニングモデルの開発を行いました。

 移動中または画像を見た際の被検者の表情からQOLを推定する手法の開発を進めています。画像中の複数の顔の検知と個人識別を可能にする開発を終えて、顔の表情からQOLを推定するシステムの開発を進めています。さらに、街路特性等が上記QOLにどのように影響するかを測定するため、国内においてUVM(無人機)の試験飛行を実施し、それら空撮画面から街路のWalkability とCozyを画像から判断するDeep Learningソフトウェアを開発しました。

 

 現在のバンコクの住民の価値観は、今後の経済発展や社会情勢の変化等に伴い、変化していくものと予想されます。そのため、バンコクにおける住民の価値観の将来的な変化の予測手法の構築のため、これまでの各都市を対象としたQOL評価に関する研究調査結果および、その背景にある経済状況、社会情勢等との関係についての分析を行いました。その一環として、都市政策の先進事例として、ロンドンにおけるCongestion Chargeの実態と、予定されるUltra Low Emission Zoneの調査を実施しました。同時に都市交通に関するイベント「MOVE2019」に参加し、世界各国、各都市および各企業の都市と交通に関する政策、法制度、技術、プロジェクトに関する最新情報を収集しました。また、この成果を踏まえ、今後、人間とAIが協力しつつ運営する持続可能なスマートシティの概念を示しました。

Group4「デジタルアースシステムによる統合的可視化、意思決定支援システム」

 デジタルアースとは、多様な空間情報を統合的に可視化する俯瞰型情報基盤であり、様々な時空間解像度の問題複合体に対して総合的・多角的なアプローチを行うための意思決定支援ツールとしての活用が期待されています。Group4では、デジタルアースを用い、都市交通政策者(BMA交通局等)がスマート交通統合戦略手法を使った意思決定が可能になるよう、対象地域の土地利用状況、交通量、将来予測、人々のQOLなどを地図上に統合して見える化したシステムの開発を行っています。

 2018年度に取得した地理空間データを用いて、Asok駅周辺、Thong Lo地区、Thonburi地区を対象にマイクロジオデータを試作し、検証データとしてNational Statistics Officeより2010年センサスの個票データを取得しました。また、Grop1のエージェントシミュレーションの精度を向上させるためGrop1と成果データの利用方法を協議しながら、マイクロジオデータのデータ仕様を策定しました。

 2018年度に導入を検討した低コストGNSS (Global Navigation Satellite Systems)の仕様を定め、調達を実施したほか、専門家との討議を通じてGNSS機材の組立手順を確立し、試運用に向けた準備を整えました。また、Thammasat University内にて車両GPS軌跡のロガーのデータ管理システムが開発され、試運用を進めています。さらにたiTIC (Thai Intelligent Traffic Information Center)の車両プローブデータをGroup1のエージェントモデリングに利用するためのデータ整形モジュールを作成しました。

低価格GNSSを利用したプローブデータ収集© OpenStreetMap contributors

 Group3と連携しながら、パーソナルプローブデータやGroup1のエージェントモデリング成果を用いたQOL計測の評価軸を定めるのに必要なアンケート調査・分析の枠組みを作成しました。また、スマートフォン測位のパーソナルプローブを保管するGoogle Timelineからデータを得る手順を確立し、データの位置精度評価および個人プロファイル推定への応用研究を実施しました。これによりQOL計測に適用するビッグデータの取得が容易になりました。

 政策立案手法「スマート交通統合戦略手法」における意思決定・合意形成の支援に活用するための基盤として、Group1から3の成果データ、および上記の各情報をデジタルアース上にマルチスケールかつシームレスに可視化し、共有することを目指し、共有基盤のプラットフォームの仕様検討と、各データのプラットフォーム上の可視化についての検討を行い、これまで構築した3次元空間都市データと可視化システムをプラットフォーム上に展開する開発を行いました。